音もなく肩にやすらふ赤とんぼ 岡田 臣弘
『季のことば』
秋はあっという間に過ぎ去ってしまうが、ちょっと注意して周囲を見渡せば、季節を示すあれこれが見てくれがしに転がっている。赤蜻蛉はその代表選手の一つである。
一年中でもっとも印象の強い季節は夏と冬で、春と秋はその橋渡し役に過ぎない。つまり、春と秋は、来たるべき季節への準備を矢継ぎ早に行い、目にも鮮やかに景物の千変万化を起こす“狭間の季節”なのではないか。
地球上大部分の地域は、極端に言えば夏(雨期)と冬(乾期)しか無い。春と秋はほんの数日に過ぎず、瞬時に万物が変転する。それを考えると、春と秋という貴重な橋渡しの期間をかなり余裕をもって与えられた我々日本人は、なんという幸せな人間だろう。
赤蜻蛉は夏は高原地帯にいて、涼しくなると一斉に里に下って来る。竿の先に止まって周囲を見回す癖がある。時には人の肩に止まる。まさに音もなく来て羽を休めている。夏目漱石は「肩に来て人なつかしや赤蜻蛉」と詠んでいるが、明治の赤とんぼも平成のも、変わらぬ気分であるのが嬉しい。(水)
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