水面の雲かき分けてあめんぼう   久保田 操

水面の雲かき分けてあめんぼう   久保田 操

『この一句』

 「雲が映っている水面をミズスマシがすいすいと渡っている光景、初夏の風景を絵葉書のように感じた。故郷の池を思い出した」(春陽子)。「あめんぼうだから雲をかき分けられるんですね。魚では影が崩れてしまう」(正裕)。
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 日経俳句会酔吟会の合評会での評がまさに図星をさしている。昆虫には違いないのだが、初夏に現れて夏中至る所の水溜まりにはびこる妙な生き物。水の上に6本の足を踏ん張って、沈まないのだ(前の二本は浮かしていることが多いが)。この句はその情景を絵本を描くように詠んでいる。同じ句会に「あめんぼう三寸進んで考える」(反平)という面白い句も出た。何を考えているのか、果たして水面に映った雲が目に入っているのか、そんなことは一切分からない。
 「一体お前は何が面白くて水面を歩いているのか」と人間は賢しらに聞く。そんな偉そうな問いかけをする人間だって、別に大したことをしているわけではない。私たちも何を掻き分けているのかも分からずに、ただ足掻いているのではなかろうか。(水)

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