手鏡に新樹の光のぞきをり   岩沢 克恵

手鏡に新樹の光のぞきをり   岩沢 克恵

『この一句』

 街路樹が新緑に輝いている通りを歩き、これから面談する人のいるビルの間近に来て、ちょっとほつれた髪などが気になって立ち止まり、手鏡を取り出して覗いたところなのであろう。初夏の街角の風景を切り取った、実に洒落た句である。
 勘繰れば深刻な情景も思い浮かぶ。たとえば、初めての面接、初めて取引先の人と会うとき、あるいは何らかの事情で当初の契約条件を変えてもらうための交渉・・・、時には逃げて帰りたくなってしまうような場面がある。そんな時、覗いた手鏡の小さな鏡面に、萌葱色の若葉の光が射してきたというのである。なんだか大きな力をもらったような感じがする。
 これは極めて小さな画面上の出来事である。手のひらにすっぽり納まってしまう手鏡に映る背景なのだから、「新樹」の風景といってもそう大した広がりがあるわけではない。数本の木立か、あるいは背後の大木の芽吹いた一枝かも知れない。しかし、当人にはそれで十分である。その新樹光によって心が落ち着き、次の一手を思い浮かべる気持の余裕が生まれたのである。(水)

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