春の宵イカ飯匂う自由席   杉山 智宥

春の宵イカ飯匂う自由席   杉山 智宥

『この一句』

 イカ飯は単純素朴で旨い弁当だ。烏賊のげそ(足)を腸ごと引き抜いて、胴体にもち米と白米を混ぜたのを入れて、醤油味の出汁で炊き上げただけである。近ごろは刻んだげそや油揚げ、筍、人参、椎茸などをコメに混ぜた凝ったものもあるが、米だけのものが伝統的だ。
 米不足に見舞われた第二次大戦中の北海道。少ない米で腹一杯食った気分にさせるにはどうしたらいいか。函館本線森駅の駅弁屋が知恵を絞った。目の前にはスルメイカが捨てるほどある。次々に水揚げされるのだが、輸送力が落ちているから東京などに送れず、滞貨が山積み。これを利用しない手はないと、考え出したのが「イカ飯」。時は移り、高度経済成長時代になって東京のデパートが「全国駅弁大会」を始め、そこに出品するやたちまち人気ナンバーワン。一躍全国区商品にのし上がった。
 気取らないイカ飯。しかし、暖かく密閉空間の車内では煮イカ特有の匂いが濃密に漂う。やはりこれは新幹線グリーン車には似合わない。「イカ飯匂う自由席」と、艶美な「春の宵」との奇想天外な取り合わせ。実に面白い。(水)

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