春悲し空襲警報耳朶にあり      岡田 臣弘

春悲し空襲警報耳朶にあり      岡田 臣弘

『合評会から』(酔吟会)

てる夫 新聞に「三月は死者を悼む月」と書いてあったが、これは三月十日、東京大空襲ですね。空襲警報は私の耳に残っていないけれど、やはり思うところは多い。大変な犠牲を払ったものだと思う。
正裕 その通り。この句は「耳朶にあり」が素晴らしい。空襲警報の「悲し」は別の言葉の方がよかったかな。
水牛 「悲し」は私も同じように思いましたが、時事俳句として評価したい。東日本大震災もたいへんだが、空襲は人為的な行為で十万以上の犠牲ですからね。この日のことは毎年思います。
臣弘(作者) サイレンの音、私は本当に忘れ難く、怖い音としてトラウマになっている。我が家は強制疎開で引っ越し、そこで空襲に遭った。終戦になり、警報がなくなった日は、弱齢ながら幸せを感じたものです。
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 私は作者とほぼ同年。終戦間際の頃は東京にいて五月の大空襲を記憶しているが、この句は「悲し」が気になって選べなかった。あの夜は火勢が我が家を逸れたので、切迫感が薄かったためか。小さな表現にこだわり過ぎたのだろうか。これから三月が来るくるたびに、そんなことを考えるような気がする。(恂)

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