職替へる婿の気負ひや鰆東風   植村 博明

職替へる婿の気負ひや鰆東風   植村 博明

『季のことば』

 東風(こち)は菅原道真の「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花」であまねく有名になり、梅の花を咲かせる優雅な歌言葉の趣がある。しかし、もともとは瀬戸内海の漁師言葉で、それが都に伝わり、やがて「春を告げる風」として全国的に広まったようだ。
 鰆東風はまさにその瀬戸内海沿岸一帯の言葉で、鰆を招き寄せる東風という意味である。鰆は三月から四月にかけて、産卵のために岸辺近くに寄って来る。そこを数隻の船で網に追い込んで獲る。この時期の鰆は脂が乗っていて、とれたての刺身は実に美味い。しかし身が柔らかくすぐに鮮度が落ちてしまうので、昔はもっぱら酢締めにしたり、味噌漬け、粕漬けにして京大阪に運んだ。
 鰆東風の吹く頃は就職シーズンでもある。話題の中心には新卒者が座るが、転職組もこの時期が結構多い。この句の作者も婿さんの転職話を聞いている。何とも意気盛んで、大丈夫かいなとは思いつつも、まあ若いんだからと、余計なことは言わないことにする。“ご隠居”があれこれ口出しするのはよろしくないと自戒しつつ、どうか荒東風にならぬようにと念じている。(水)

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