風邪熱に辞世句どもが駆け巡る     高瀬 大虫

風邪熱に辞世句どもが駆け巡る     高瀬 大虫

『この一句』

 先日、その昔の辞世“句”を読んで気付いたことがあった。徳川家康、伊達正宗など江戸時代初期の人の辞世は短歌ばかりだった。ところが江戸後期・幕末になると俳句が圧倒的に多くなる。俳句は長らく連句(俳諧)の発句として存在していたのだが、江戸後期に至って現在のような独立性を得たのかも知れない。
 その頃、俳句によって辞世を詠んだ人々は各界にわたっている。俳人はもちろん武士、歌舞伎役者、力士などなど。新撰組の面々、彰義隊隊員の志士や荒くれ者たちも死を見つめながら、五七五と指を折っていたらしい。現代に引き比べれば、当時はいかに俳句の盛んな時代であったかがよく分かるだろう。
 それに比べると現代は・・・と思っていたら、日経句会の二月例会に上記の句が登場、高点句の一角に並んだ。選者は高齢者が多く、それぞれが辞世の句に何らかの関心を寄せているに違いない。俳句で自らの死生観を伝える時代が来るのなら興味深い。さて作者の辞世候補句は? こっそり教えてもらいたい。(恂)

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