春風や外人墓地に辞書ひらく   岡田 臣弘

春風や外人墓地に辞書ひらく   岡田 臣弘

『この一句』

 横浜山手の外国人墓地には、幕末の横浜開港時にやって来て活躍した外国人が数多く眠っている。明治五年に新橋横浜間に鉄道を走らせた初代国鉄技師長の英国人エドモンド・モレル、フェリス女学院創設者の米国人宣教師メアリー・E・キダー女史、幕末維新の日本の風景や事件を描いた画家・漫画家で「ジャパン・パンチ」を創刊した英人チャールズ・ワーグマン、青い目の落語家として一世風靡したオーストラリア人快楽亭ブラック等々、有名無名四千八百人の墓が並んでいる。
 まさに近代日本の黎明期を彩る外国人たちのよすがを辿る丘であり、墓園が一般開放される土日祝日には、「港の見える丘公園」目指してやって来る観光客に混じって、歴史愛好家が墓石をカメラに収めたり、墓碑銘をメモしたりしている。作者ももちろんその一人である。
 しかし、しかつめらしい歴史探訪ではない。なにしろ春風に吹かれての散歩のついでなのである。「それにしても辞書を持ち歩いているとはエライもんですなあ」「いやいや、今はやりのちょいちょいと指で叩くやつですよ」。(水)

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