耳少し遠くなりけり冬桜   横井 定利

耳少し遠くなりけり冬桜   横井 定利

『この一句』

 句の言わんとするところがよく分からない、という人がおられるかも知れない。この句は聴力の減退と冬桜という二つの取り合わせによって成立しているのだが、両者の関係をどう捉えるかは非常に微妙である。作品の解説は難しく、何となく感じてもらえばいい、という句なのかも知れない。
 昭和の初期、俳句の世界で「モンタージュ手法」がもてはやされた。何の関係のなさそうなものを組み合わせ、複合効果を狙うという手法だが、前衛派映画監督・エイゼンシュテインが日本の和歌や連句などの「取り合わせ」からヒントを得て生みだした理論とされている。俳句にとって逆輸入の手法だったのだ。
 冬日和の公園で、高齢者がベンチに腰掛けているとしよう。向こうのベンチで二人が話をしているが、声は聞こえてこない。耳が少し遠くなったのかな、と思う。傍らに冬桜がちらほらと咲いている――。映画やTVドラマなら、味わいのある雰囲気になりそうだ。俳句も同じだ、と私は思っている。(恂)

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