遠き日の師走映画や高倉健   片野 涸魚

遠き日の師走映画や高倉健   片野 涸魚

『この一句』

 今年は実にいろいろなことがあった。年初には、割烹着姿で万能細胞STAPを創り上げたというオボカタハルコさんが颯爽登場、「全聾の天才作曲家・二十一世紀のベートーベン」サムラゴウチマモルさんも躍り出た。いすれも華やかなスポットライトを浴びたが、あちこちから「疑義」が出始め、結局は真っ赤な偽りであったと断罪された。
 秋には青色LEDの発明で日本人学者三人がノーベル賞という明るいニュースがあったが、アベノミクスが掛け声倒れになり、消費税10%は先送り、世界一の借金大国の財政再建は放置、社会保障・福祉の実質的縮小とお先真っ暗を予感させる暗雲が立ちこめた。このままでは政権が保たないと、ヤケになったバクチ打ちが逆張りするように、電光石火解散。これが図に当たって与党大勝利でバンザイを繰り返したが、一般庶民は白けきったまま。
 そして年末、人気俳優高倉健、菅原文太が相次いで亡くなった。高度成長期からバブル崩壊期、ずーっと一緒に過ごしてきた実年・熟年世代にとっては、平成26年はそぞろ感慨にふける年でもあろう。作者はその思いを健サンを据えてしみじみと詠んでいる。(水)

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