冬ざれや鈴なりの柿朽ちるまま   堤 てる夫

冬ざれや鈴なりの柿朽ちるまま   堤 てる夫

『この一句』

 農家の庭先や田畑のはずれには必ずと言ってよいほど大きな柿の木がある。晩秋、朱色の実をいっぱいつけた柿の木が真っ青な空に映えるのを仰ぎ見ると、つくづく「日本の秋だなあ」と思う。
 ところが近ごろはその光景がなんと十二月末まで続く。誰も実を取らないからである。昔は赤くなると一つずつもぎ取り、丁寧に皮を剥いて紐でつなぎ吊し柿を作った。これが冬場の絶好の茶請け菓子になり、膾(なます)などを拵える時の甘味材料として重宝がられた。
 しかし、今ではもっと口当たりの良い洒落た菓子がいくらでも手に入る。干柿の需要が激減した。人手も少なくなったから干柿作りもしなくなり、従って実を取ることもしない。というわけで鴉やムクドリ、ヒヨドリなど、柿が好物の鳥たちも食べ飽きてしまい、生りっぱなしになっている。
 時雨が来て、凩に木の葉が吹き散らされ、やがては雪が舞う。その頃になってもまだ、黒褐色に干からびた実を交えながら枝にしがみついている柿の実。そぞろ哀れを催す。まさに冬ざれである。(水)

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