伊那谷の光集めて山眠る       宇野木敦子

伊那谷の光集めて山眠る       宇野木敦子

『この一句』

 太平洋戦争の末期、作者は東京から父母の故郷・長野県伊那の喬木村(たかぎむら)に疎開し、小学校一年からの七年間を過ごした。この時期、伊那の東西に控える赤石、木曾両山脈の峰々は雪を頂いていたが、その手前の中小の山や村周辺の里山は枯色に染まり、暖かそうだったという。
 句会で「山眠る」という兼題を出されて、作者の頭に浮かんだのは、もちろん身近な里山であった。友達と遊びに行けば、散り尽くした落葉が山肌を埋めていた。晴れた日は明るい日差しを一面に受け、落葉の布団の中で山が眠っているように思われた。「落葉の光集めて」というフレーズがまず浮かんだ。
 俳句を始めて間もない作者は「一句に二つの季語を入れないように」と教わっていた。「山眠る」と「落葉」が季重なりだと気づいたが、代わりの言葉がなかなか見つからない。やがて「伊那谷の」という言葉を得て、句に落ち着きを感じたという。地名の持つ不思議な力によるものだろう。(恂)

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