行く秋やラストダンスを黒揚羽   藤村 詠悟

行く秋やラストダンスを黒揚羽     藤村 詠悟

『この一句』

 黒揚羽(クロアゲハ)は普通の揚羽蝶(キアゲハ)が黄色の目立つ蝶であるのに対して、全体が黒く、後ろ羽にオレンジ色の斑紋があって、ちょっと妖艶な感じがする。
 アゲハチョウの類は悠然と夏になってから出て来る。それで夏の季語とされているのだが、秋になっても盛んに飛び回る。十月、蜜柑類の木に卵を産み付けると、いつの間にか姿を消して行く。ところが十一月の声を聞いてもまだふわふわと飛んでいることがある。しかしもう、盛りの頃の張りは薄れてしまっている。
 晩秋の昼下がり、手のひらほどもあろうかという大きな黒揚羽が木蔭から不意に現れたりすると、夢幻の境地に引き入れられるような気分になる。それはかつて都心の大劇場を満員札止めにした歌姫が、地方の公会堂の小舞台に立ち、愁いを帯びた笑みを浮かべているようにも見える。そうした人間どもの勝手な思い込みなどものかは、黒揚羽は優雅に舞い続ける。行く秋の黒揚羽は誇り高く美しい姿を崩すまいと気張っている。(水)

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