子供等は土手に坐りて天の川   宇野木 敦子

子供等は土手に坐りて天の川   宇野木 敦子

『季のことば』

 「七夕」は七月七日、「天の川」はその夜空に現れる銀河。しかし、現在のカレンダーは太陽暦(新暦)で、七月七日はまだ梅雨の最中だから滅多に星空など拝めない。元々の七夕祭は旧暦七月の行事で、新暦では概ね八月半ばになる。従って俳句では七夕は秋の季語とされ、これがしばしば混乱を招く。
 江戸の昔、七夕に合わせて入谷で朝顔市が開かれた。明治五年に新暦に切り変わって、さあどうする。朝顔栽培業者は油障子で囲った温室を作るなど苦心惨憺して新暦七夕に朝顔を咲かせ、「七月七日の朝顔市」を存続せしめた。しかし天体はそうはいかない。やはり澄みきった秋の夜空でなくては天の川は現れてくれない。それで今では、「朝顔市」は夏の季語、「朝顔」と「天の川」は秋というねじれが生じている。
 この句は新暦か旧暦かはともかく、子どもたちが土手に仲良く並んで夜空を見上げているということだけをすらっと詠んでいる。全くなんの技巧も凝らしていない。にもかかわらず、清澄な秋の夜の空気が肌に沁みて来る。おそらくこの子供たちもスマホゲームとは異なる何とも言えない大自然の神秘を感じ取っているのではないか。そういうことまで思わせる句である。無技巧の技巧とでも言おうか。(水)

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