海鼠壁くづれし宿場秋の声      大澤 水牛

海鼠壁くづれし宿場秋の声      大澤 水牛

『この一句』

 前句、銀天街に対して、こちらはオーソドックスな秋の声である。仲秋の名月の前日、信州の姨捨(おばすて)を訪ねた際の吟行句。関東は雨、全員が傘を持って出かけたのに、長野に到着後は晴れに転じた。夜はたまに雲が流れる中、月の名所の十四日月に見入ったものである。さて、その翌日・・・。
 ジャンボタクシーに乗って武水別神社などを巡るミニツアーに出発した。やがて海鼠壁(なまこかべ)の点在する町を通過する。北国街道のかつての宿場町、千曲市稲荷山である。句会でこの句を見て、ああそうだった、と思い出した。私は作者と違い、車中からぼんやりと町の風景を眺めていただけであった。
 稲荷山は絹織物などの取引で栄えた北国有数の商業地だったという。海鼠壁の様子や強気の発言で知られた政治家・倉石忠雄の生家などがはっきりと記憶に蘇ってきた。ただ見ているだけでは俳句は出来ないと、気づいた頃、古びた街並みから秋の声が聞こえてきた。時すでに遅し、である。(恂)

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