自転車の背中丸まる夕立雲   杉山 智宥

自転車の背中丸まる夕立雲   杉山 智宥

『この一句』

 廣重の「名所江戸百景」の一枚、「大橋あたけの夕立」が頭に浮かんだ。日本橋浜町と深川との間に架かる新大橋を突然大夕立が襲った図である。驟雨の橋上を、裾をたくし上げ白い脛を見せて、すぼめた傘に頭を隠し小走りの女性二人連れ、尻端折りで上半身すっぽりコモをかぶって駆け出す男などが生き生きと描かれている。
 一方、この句は自転車。男か女か、町中か川沿いのサイクリング道か、そんなことは何も示していない。ただ、乗り手がサドルから腰を上げ背中を丸め、懸命にペダルを漕いでいる姿だけをクローズアップしている。そして、その背後にはむくむくと立ち上がる入道雲。もう、ポツリポツリ来ているのかも知れない。この必要な部分だけを摘出して見せる手法がまさに浮世絵的である。
 怪物に追われ逃げ惑う小さな人間──ホラー映画の一場面のようにも見える。ついさっきまでは日常の極めてのんびりした雰囲気。それが一瞬にして変わる、そんな様子を大げさにではなく、あくまでもさりげなく詠んでいる。(水)

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