げんげ田は疎開の村の涙道        大澤 水牛

げんげ田は疎開の村の涙道        大澤 水牛

『合評会から』(日経俳句会)

博明 疎開先でいじめられて、涙道ですか。
啓明 紫雲英(げんげ)田は子供の頃の遊び場だったが、こういう思いをした人もいるのですね。
庄一郎 疎開の思い出ですね。「涙道」がうまい。
智宥 しかし「涙道」は演歌調ですよ。採るのは止めようかと思ったけれど、まあ、しかし・・・。
臣弘 いじめられての帰り道。私も演歌調の涙道に迷ったが、自分の思い出とも重なっていますし。
てる夫 戦時中の疎開か、いや、福島県で放射能によって退去した人のことか、などと思いましたが。
反平 私は引き揚げて来てから、田舎の村に住みましてね。紫雲英がよく咲いていて忘れられない。
昌魚 うちの家内は昭和九年生まれで、「この通りだったわ」と言っていました。
水牛(作者) そうですか、くれぐれも奥さんによろしく(笑)。私は千葉に疎開して、毎日泣かされましたよ。
               *           *
 作者は締切の直前、一気に五句作る早業で、高点句を揃えた。ゆっくり考えたら「涙道」としたかどうか。(恂)

この記事へのコメント