宮島や満ちたる潮に冴え返る       田村 豊生

宮島や満ちたる潮に冴え返る       田村 豊生

『季のことば』

 「冴える」(冴ゆる)という言葉がある。「頭脳が冴える」「技が冴える」という風にも用いられるが、元来は身を切るような寒さを言い、「冷(さ)ゆる」、「冱(さゆ)る」とも書く。俳句の季語では「月冴ゆる」「風冴ゆる」「鐘冴ゆる」などもあり、それらが春にぶり返したのが「冴え返る」である。
 「満ちたる潮に冴え返る」。これもあるだろう、と思った。日本三景の一つ、安芸の宮島(厳島)に潮が満ちているのだ。本殿にも回廊にも、もちろん海中の大鳥居にもひたひたと潮が寄せている。作者の立ち位置はどこだろう。回廊にいるのか、対岸から遥かに宮島を望んでいるのかも知れない。
 春の一夕と考えてみたい。暖かかった一日は暮れようとして、辺りがにわかに寒々としてきた。その視界から外せないものが一つ、海中に立つ大鳥居である。足元にまで潮が寄せてきた。海上に鳥居の朱色がぼんやりと浮いている。「冴え返る」と呼ぶに相応しい雰囲気ではないだろうか。(恂)

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