今見てる今だけの富士初日影    久保田 操

今見てる今だけの富士初日影    久保田 操

『この一句』

 この句を見て、“あの時”がまざまざと甦って来た。今年の元旦、初日の出と初富士をほぼ同時に見たのである。場所は東京都内の小高いところにある公園。午前七時前、ほのぼのと空が明るくなってきた頃だ。ビルとビルとの間を初日が昇り出し、集まった人々の間から静かな歓声が上がった。
 ふと気付くと、逆方向の西を見ている人たちがいる。何だろうと思って、振り向くと、うす紅色の富士が、住宅街の屋根の上に浮かんでいたのであった。十分ほど前には何も見えなかったと思う。すると富士はたちまち紅色を失い、朝靄の中に薄れて行く。まるで夢を見ているようなひとときだった。
 富士は初日の出を受けた瞬間に最高潮の紅色を得たのだろう。「今見てる今だけの富士」。実にうまく表現していると思う。この時に立ち会えたという感動とともに、私は見ましたよ、という優越感も感じられる。合評会では「今でしょう、ですね」というコメントが出て、笑いを誘っていた。(恂)

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