秩父越え一揆の里に萩こぼれ   野田 冷峰

秩父越え一揆の里に萩こぼれ   野田 冷峰

『この一句』

 これは明治十七年(一八八四年)十月に現在の埼玉県秩父市で起こった秩父困民党の一揆事件に思いを馳せながら詠んだ句であろう。
 仏リヨン生糸取引所の大暴落に端を発した国際的な生糸取引の減少、それによる日本産生糸の輸出激減で、養蚕が主体の秩父の農家は大打撃を受けた。折柄、明治政府は西南戦争以来膨張した財政赤字を立て直そうと、松方大蔵卿がデフレ政策を採り、これによって農産物価格が下落、農民はますます困窮、自由党の鼓吹する自由民権思想に乗ってついに一斉蜂起、役所や金貸などを襲う大事件になった。政府は軍隊を出動、わずか四日で蜂起軍を壊滅し、首謀者は斬首という苛酷な対応で民意を磨り潰してしまった。困民党事件に思い入れの深い作者だけに、この句はツボにはまった感じである。
 今日の秩父は萩をはじめ秋の七草が咲き競う、まことにのんびりした観光地。その穏やかな風景の上に、敗残の一揆勢がばらばらと落ちて行くセピア色の景色が浮き上がる。含蓄に富む句だが、「秩父越え一揆の里のこぼれ萩」とした方がいいような気がする。口調が整いすっきりとするし、句に余韻が生じる。(水)

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