浴衣ほどく母の縫ひ目の確かさよ      田中 頼子

浴衣ほどく母の縫ひ目の確かさよ      田中 頼子

『合評会から』(日経俳句会)

佳子 今どき、浴衣をほどいておむつにするなんてことないでしょうね。理由はともかく、浴衣をほどいて、お母さんの裁縫の確かさを再認識した。しっかり者のお母さんを思い出したのですね。
弥生 作者はしっかりしたお母さんに育てられたのだ、と。そんなことばかり思っていました。
碩 浴衣の縫い方を見て、お母さんを思い出している。いい句ですね。
恂之介 浴衣をほどいて、母親の縫い方を再認識した。一針一針の幅が一定で、縫い方もしっかりしているんでしょう。上手な句ですね。
水牛 そう、本格的な句だ。
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 中学校の家庭科に運針というのがあった。女だけでなく、男もやらなければならなかった。針を指にさし、痛い思いをして周囲を見渡すと、進み方は概して女の方が早かった。中でも背が高く勉強のよく出来る女生徒の縫い方が目立っていた。あの子ももう、後期高齢者なんだ、と思った。(恂)

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