父の日の小さくなりし背中かな   嵐田 啓明

父の日の小さくなりし背中かな   嵐田 啓明

『合評会から』(日経俳句会合同句会)

二堂 私の父親は九十九なんですが、やはり九十過ぎると食べても段々縮んでいく。「小さくなりし」が上手いな。
実千代 元気でいてほしいという気持が表れていて、なんともいい。
頼子 小さいとき大きな背中におんぶしてもらったのが、こんなに小さな背中に、という情景が浮かんできます。
正市 日常生活の中の発見。大げさでなく実景をひろってうまく表現している。
冷峰 いつからか母の日ばかりで、父の日はかすんでいる(笑い)。物理的に背中が小さくなったというより、父そのものが小さくなった世相を映している。
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 作者によれば、亡くなる前に急に小さくなってしまったなと思ったのだそうである。六月の第三日曜日、ああ今日は父の日かと、亡父のあれやこれやを思い出して一句成った。昔は365日毎日が「父の日」であった。(水)

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