富士見坂名のみとなりて春の風         沢井 二堂

富士見坂名のみとなりて春の風         沢井 二堂

『この一句』

 私(筆者)の知人は自宅の二階から富士山がよく見えるのを自慢していた。ところが一キロほど先に大きなビルが建つことになる。それもまさに一直線上で、建築中は日に日に富士が隠れて行く。完成後は高層ビルの両端に左右の稜線が辛うじて見えるだけという、情けない風景になってしまった。
 富士の見える坂として有名だった日暮里の富士見坂もマンションの建設によって、昨年末以降、その地名は「名のみ」となった。谷中の住人である作者は、散歩であたりを通るたびに「見えなくなったなぁ」と思うのだろう。春風は心地よく吹いているはずだが、心中はけっこう複雑である。
 東京に富士見坂という地名(通称も含む)は二十あまり、そのうちの九割以上が「名のみ」であるという。戦後しばらくは、東京から西へ向かう道路の果てに、富士山がよく見えていたものだ。薄桃色の早朝の富士、蒼黒い夕富士などなど。今ではそれぞれが、心の中の風景になりかけている。(恂)

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