のどけしや不動の索もたゆむほど    加沼 鬼一

のどけしや不動の索もたゆむほど    加沼 鬼一

『この一句』

 「不動の索」とは何だろうか。 辞書類で調べたところ、不動明王の持つ綱のようなものが「索」であるという。羂索(けんじゃく)とも言い、生き物すべてを受け入れ、救いあげる綱なのである。確かにお不動様は左手に輪のようなものを持っている。あれでわれわれを救って下さるのだろう。
 そこまで分かれば、この句の理解は容易になる。のどかな一日、お不動様の索は金属でも木製であっても、弛(たゆ)むほどの日和。太陽はあまねく大地を、人間を、生き物を照らしている。お不動様は索をさらに緩めて、一人残らず、一匹残らず、恩愛を施して下さるということなのである。
 名句に詠まれた仏像と言えば、鎌倉の大仏、百済観音、弥勒の半跏思惟像あたりか。それらと比べると不動明王は俳句向きではないかも知れない。しかしこの句を見ていると、力士が子供に見せるような優しさも感じられよう。憤怒尊ながら、のどかな雰囲気にぴったり、と思わせるから不思議である。(恂)

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