水遣りの勢ひ増して水温む   流合研士郎

水遣りの勢ひ増して水温む   流合研士郎

『この一句』

 句会では「私の家には鉢が150くらいありまして、水温む季節になると水遣りが大変。この句はそういう感じがよく出ています。水の量が増したではなく、『勢ひ増して』と言ったのがいいですね」(二堂)、「そうですね、『勢ひ増して』がいい。冬の間は冷たくて庭の水道の蛇口を触るのもイヤ。春になると違います」(佳代)という意見が相次いだ。確かにその通りだろう。
 論理的に言えば、水温む(季節になったから)、水遣りの勢いが増したのだろうが、この句の叙述は、水遣りの勢いが「増して」水温むと順序が逆である。俳句独特の言い回しとでも言ったらよかろうか、時にこういう言い方をする。
 芽が膨らみかけてきて鉢の植木や花卉が水をしきりに欲しがっているような気配だ。思い切って豪勢に水を振りまいてやる。そして、そういえばいつの間にか春の気候になったなあと気づくのである。それが「水遣りの勢ひ増して・水温む」という感じである。(水)

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