ビルばかり大きくなりて年暮るる       片野 涸魚

ビルばかり大きくなりて年暮るる       片野 涸魚

『この一句』

 N社の旧社屋跡周辺が再開発によって、巨大ビル街に生まれ変わった。更地のころは近くを通れば、「我が社の跡だなぁ」と懐かしく眺めたものだが、新ビルの建設が始まり出すと、感傷は次第に薄れていった。出来上がったばかりのビルには、もう別の会社の人々が出入りしているのだ。
 一夕、N社OBが連れ立ち、「探検に行こうではないか」と“旧社跡”にぞろぞろ出掛けた。「おい、何だかニューヨークにいるようだな」。お上りさんのような気分で地下街に入って目を見張った。広々とした飲み屋街である。一軒ごとに広く、客が百人以上も入れる店もある。試しに一軒に入ってみたら、ガラガラだ。「おい、この店、潰れちゃうんじゃないかね」などと余計な心配をする。
 やがて若いサラリーマンたちが入り出し、たちまち満員になってく。「おみそれしました」なんて言いながら、小さな飲み屋の並ぶかつての地下街を懐かしむ様子もあった。巨大ビル街の若者たちは、それなりに生き生きしていた。「年暮るる」の思いは「我らの時代暮るる」の思いであったかも知れない。(恂)

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