野分晴れひたと墨打つ宮大工      玉田春陽子

野分晴れひたと墨打つ宮大工      玉田春陽子

『この一句』

 かつて大工さんの技は少年たちの興味の的であった。鉋(かんな)をかけ、鋸(のこぎり)をひき、鑿(のみ)を打つ。一つ一つの道具を正確に扱い、大仕事をやり遂げて行く過程にも目を見張ったものだ。プレカット工法が全盛になったいま、あのような技はもうほとんど見ることはできない。
 しかし宮大工は、さらに古い伝統的な技法をしっかりと守り、巨大な寺院、神社などを作り上げている。その技は我々の目には届かないが、実見すれば心が躍るだろう。そうだ、墨を一直線に引くあの技も。墨壺から糸を引いて材木の端に止め、糸を少し持ち上げて軽くはじく。あのオノマトペ(擬音語)を、この句は「ひた」と表現した。ああ、いいなぁ、と思う。少年時代の心のときめき甦って来る。
 野分晴れの朝、宮大工が働き始めた。昨夜は強風が吹き荒れていたが、現場に何ら支障は起きていない。いい一日に技を振るう喜びを、彼は存分に感じているのだろう。鉋をかけた終えたばかりの真っ白な材木に墨を打つ。糸が小さく鳴る。朝の光の中、飛び散る墨の微粒子さえ目に見えている。(恂)

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