老鶯のすぐ傍にゐて鍬振るふ       廣上 正市

老鶯のすぐ傍にゐて鍬振るふ       廣上 正市

『季のことば』

 「老鶯(ろうおう)」という語がどうもしっくりこない。なにしろこの時期、鶯は元気いっぱいなのだ。山とか高原で一日を過ごすと、高らかな鶯の鳴き声ばかりで、うんざりするほどである。老鶯は元来、漢詩にあった言葉だそうだが、有難がって日本の鶯に適用することもなかった。
 鶯は幼鳥期を超えたら数年は生きるようで、寿命八年説もある。つまり「老」と呼ぶには若々し過ぎる鶯がたくさん混ざっているのだ。しかも初夏には町中から山に移動して虫の類をいっぱい食べ、精気満々となって恋愛・抱卵の時を迎える。くどいようだが、これでも「老鶯」なのだろうか。
 句の作者は退職後間もなく、海山に近い場所に居を移し、“農業”にいそしんでいる。畑は家庭菜園レベルをはるかに超えた広さだという。一句によって、夏の鶯を間近に聞きながら畑を耕す様子が目に浮かんでくる。先日の暴風雨で、作物は甚大な被害をこうむったそうだが、負けてはいられない。今日も汗を流しながら、老鶯のごとくエネルギッシュに、鍬を振るっているのだろう。(恂)

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