亀泳ぐ啓蟄の水動かして   山口 詩朗

亀泳ぐ啓蟄の水動かして   山口 詩朗

『この一句』

 3月14日未明、胆嚢の癌で急逝された詩朗さんが6年前の春に詠んだ句である。日経俳句会傘下の酔吟会、銀鴎会、水木会、さらには番町喜楽会、住まいの近くの練馬句会にも加わり、文字通り俳句漬けの日々を送って来た詩朗さんには、「ひと電車待つ間のつるべ落としかな」(平成22年日経俳句会賞受賞作品)はじめ数々の名句がある。今回は季節を合わせ、いかにも詩朗さんらしいこの句を味わってみたい。
 三月はじめのぬるみ始めた池。首を突き出し四肢を懸命に動かしてこっちへ向かって泳いでくる亀を、温かい眼差しで見つめている作者が目に浮かぶ。亀は兎に比べられて、のそのその代表のように見られているが、実は泳ぐのも歩くのも意外に早い。着実であることは言うまでもない。
 失礼な言いぐさだが、詩朗さんに似ていないこともない。見物人がせっかく投げてくれた餌はすばしこい鴨や鯉にさらわれてしまうのだが、そんなことは意に介さず一生懸命泳ぐ。
 くたびれたら適当な石の上に寝そべり、心ゆくまで春眠を楽しむのだ。(水)

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