霧深しセーヌの流れどちらやら     黒須 烏幸

霧深しセーヌの流れどちらやら     黒須 烏幸 

『この一句』

 フランスの首都・パリは緩やかな傾斜地にあり、従ってパリを貫流するセーヌ川の流れは緩やかになる。その水面に霧が立ち込めたら、セーヌがどちらの方向に流れているかなど全く確認できないだろう。ロンドンのテムズならぬ霧のセーヌ。これまた味わい深い雰囲気ではないだろうか。
 というのがこの句の一般的な感想になるだろう。ところが句会(酔吟会)に並んだ面々は、この句を見ると一様にニヤリ。タネを明かそう。「セーヌはどっちに流れているの」という本があるのだ。著者は句会のメンバー・涸魚氏夫人、片野紀子さんである。なお涸魚氏はその日、偶然の欠席であった。
 話は今を遡ること四十六年前、新聞社パリ特派員の夫の許に夫人が赴いた時のことだ。空港に迎えに行った夫は運転の初心者で、パリの自宅への道に迷ってしまう。夫はセーヌを遡ればいいと気付き、助手席の夫人に尋ねる。「セーヌはどっちに流れているんだ」――。句の作者は「本のタイトルを拝借しただけ」と照れていたが、気にすることはない。「こういう本歌取り、悪くないよ」という声もあった。(恂)

この記事へのコメント