終戦日まだ追ってくるソ連兵   高瀬 大虫

終戦日まだ追ってくるソ連兵   高瀬 大虫

『この一句』

 終戦の体験は百人百様。句会に終戦日という兼題が出ると、いままで聞いたことのない事実も明らかにされる。作者はソ連(現ロシア)が参戦した昭和二十年八月八日、父親の勤務するる樺太(サハリン)・恵須取の王子製紙の社宅にいた。ソ連兵がその地に上陸作戦を行ったのは八月十六日である。
 終戦日以降も日本政府からは明確な指示がなかった。ソ連の無差別攻撃に対し、日本軍はなす術がない。在留の邦人は内地(北海道)へ避難すべく、列車、トラック、徒歩で大泊港を目指した。作者の家族は、その逃避行の最中にソ連兵に出会い、母親はソ連の艦砲射撃の一弾を受けて負傷する。
 ソ連軍は日本の民間人も無差別に殺戮した。爆撃機などの攻撃だけでなく、病院に取り残された医療関係者や患者への銃殺もあった。真岡では郵便局電話交換手十人が集団自決を図り、九人が亡くなった。ソ連軍が南樺太全域を占領し、侵攻を終えたのは終戦日の十日後である。この句、「まだ追ってくる」という表現には、「六十六年後の今も」という意味が込められているのだろう。(恂)

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