夏嶺ゆきあらぬ高さに不二の山     大下 綾子

夏嶺ゆきあらぬ高さに不二の山     大下 綾子

『この一句』

 この句を読んで、六十年以上も前に聞いた親戚のお婆さんの話が甦ってきた。お婆さんが娘の頃だというから、間違いなく明治時代である。東京へ出てくるとき、山梨県の峠道を歩いていて、ちょうど茶屋に着いたとき、富士さんが目の前に出てきて仰天したそうだ。夏なので雪はなく、巨大な青黒いものが迫ってくるようで、お弁当を食べる間、ずっと富士山に背中を向けていたそうである。
 富士山は決して美しいだけの山ではない。江戸時代には富士講によって大きな信仰の対象になっていたし、いまでも元旦には初日の出とともに初富士を拝む。山梨・静岡両県などが世界遺産認定に執念を見せているのも、富士山が他の山にはない「何か」を備えているからだろう。
 作者は夏山を歩いていたとき突然、富士山を見た。回りは山で、まさか富士山が出てくるなんて思っていなかったのだ。「あらぬ高さ」に驚きが込められている。思いがけない、とんでもない高みに富士山が出現したのである。「不二の山」という表記には、畏敬の念も感じられる。(恂)

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