路地の鉢電球ほどの茄子ふたつ   徳永 正裕

路地の鉢電球ほどの茄子ふたつ   徳永 正裕

『合評会から』(水木会)

万歩 一読すごく涼しげな句です。下町の路地に入るとこういう風景があり、よく写生している。
昌魚 「電球ほどの」の表現がなるほどなあ、と感心しました。
光迷 夏らしくいい風景です。茄子のサイズが分かりませんが、小さい「電球ほどの」なのでしょう。路地裏の雰囲気をよくつかんで巧みに捉えている。
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 都心の神田、隅田川沿いの深川、月島、佃島あたりの路地には大型の植木鉢やプランターに茄子や胡瓜、朝顔などを這わせ、縮みのシャツにステテコ姿のおじいさんが如雨露で水を撒いている姿が見られる。こういう東京がまだ残っているのだなとほっとした気分になる。
 「電球ほどの」茄子と言えばかなりの大きさで太らせ過ぎとも思うが、もともと趣味で育てているのだ。丹精込めた鉢植え茄子の二つ三つ、作り手は食べるつもりなど全くない。紺色の実を孫でも見るように眺めているのだ。(水)

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