好物を思ひ数へて盆用意     向井 愉里

好物を思ひ数へて盆用意     向井 愉里

『この一句』

 句会では、この句の「思ひ数へて」の「数へて」に、「意味がわからない」と疑問の声があがった。筆者はこの「数へて」は「あれも好きだった、これも好きだった」と亡き人の好物を思い浮かべるだけでなく、その人柄や在りし日の姿を偲ぶというニュアンスも含めた、比喩としての「思ひ数へて」だと解釈した。
 試しに、この箇所を「思ひ浮かべて」にしてみたら、この句はとても薄っぺらなものになってしまう。「思ひ数へて」としたことで、表現として膨らみが出て、内容豊かな句になったと思う。
 筆者には、盆支度をしたという経験があまりない。子供の頃は、家業が八百屋だったため、夏場は書入れ時で忙しく、お盆どころではなかった。また、浄土真宗の家に育ったので、死後は極楽往生するべきもので、死者が毎年家に戻るという祖霊信仰とは縁が薄かったのかもしれない。
 それでも、お盆を機会に、家族がそろってお迎えの準備をし、亡き人のことを偲ぶ光景は、とても美しい日本の習俗だと思う。特段の盆支度はせずとも、お盆の時期には、縁者の誰彼の顔を思い浮かべ、心から合掌するようにしている。
(可 26.08.27.)

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