独身が気楽といふ子土用凪    廣田 可升

独身が気楽といふ子土用凪    廣田 可升

『合評会から』(日経俳句会)

水牛 土用は暑くてうんざりですが、そんな中、独身が気楽って。きっとステテコ一丁で引っくり返ってる景色でしょう。土用凪という季語が出色です。
青水 ボクらの若い頃は結婚して初めて一人前。ところが令和の今、平成生まれの人たちは、男女とも結婚するもしないも自由。そんな時代風景を季語にぶつけて詠んでいるのがいい。
阿猿 親が「まぁでもねぇ」とか何か言おうとしても、暑過ぎて後が続かない感じが面白い。
双歩 独身が気楽っていう子に土用凪を持って来たのは、暑苦しいということですかね?
迷哲 私には独身の気楽さと土用凪の組み合わせがしっくり来ず、季が動くのではないかとも。
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 いまの時代、掃除も洗濯もほぼ自動化、調理家電や冷凍食品の進化で料理も造作なくできる。コンビニという便利な存在もある。という次第で、独り暮らしがしやすくなったことは事実だろう。その一方、「失った三十年」によって就職に苦労し、所得増加はままならず、持家は夢のまた夢。「子育てなんてとてもとても」が現実なのだ。敢えて言えば「老人天国、若者地獄」である。
 話変わって「季が動く」かどうか。自分は「大半の俳句の季語は入れ替え可能」とみている。この場合、季節を冬に移せば「独身が気楽という子黄粉餅」。「黄粉餅」を「ごまめ噛む」にすれば、子を見ている親の姿になるかも。
(光 26.08.19.)

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