土用照り重箱平らげ笑みし母   流合 水澄

土用照り重箱平らげ笑みし母   流合 水澄

『この一句』

 この句について句会合評会には「高齢のお母さんへの親孝行。家族愛が微笑ましい」(卓也)という評が寄せられた。確かにその通りに違いない。高齢の母親のために好物の蒲焼を取り寄せて、「お母さん、土用の丑の日だよ」と喜ばせた情景をうたったものと解したのだ。そう解釈してもいい、ほのぼのとした感じの句である。
 私もこの句を取った。しかし、この「笑みし母」は句を詠んだ時点では既にこの世にはいない母なのではないかと思った。というのも、私自身全く同じ情景に身を置いていたことを思い出したからである。深川っ子で負けん気の強い母はぐずぐずねちねちしているのが大嫌いで、少々乱暴だが歯切れのいい江戸弁だった。蒲焼が何よりの好物だった。九十九歳で大往生したのだが、毎年七月の誕生日の祝膳は蒲焼と決まっていた。
 この句は「鰻」とも「蒲焼」とも言っていないが、「土用」と来て「重箱」とあればもう言うまでもないだろう。わざわざ「蒲焼平らげ」などと言わないところがいい。高齢者は真夏になればどうしても食欲が減退する。見守る家族はあれこれ工夫して少しでも食べさせようと苦心する。この句の作者もそうなのだろう。病床にあって食欲不振の母親に鰻重を取り寄せたら、なんと平らげてニッコリ笑った。以後、毎年土用が巡って来るたびにあの笑顔が浮かぶ。
(水.26.08.07.)

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