百年の籠に生けたる寒椿 池村 実千代
『この一句』
一読して静謐な格調を感じさせる句である。句頭に据えられた「百年の籠」が存在感を放つ。百年を経た花籠は古色を帯び、濃い飴色ではなかろうか。そこに生けられた寒椿の葉の濃緑色と、花の赤さが鮮やかなコントラストなし、清浄な空間が広がる。
句会では「籠が百年も持つのかしら」との疑問が出たが、竹で編まれた籠は耐久性があり、数十年は楽に持つ。桃山時代に茶の湯を確立した千利休が愛用した「桂籠」が美術館に収まっている。京都の桂川で鮎を獲っていた漁師から譲り受けた魚籠を、花入れにしたものだ。
掲句は、百年の歴史がある籠をわざわざ持ち出して花を生けているのであるから、正月の座敷か初茶会の席ではないか。椿は古事記や日本書紀にも登場する日本固有種で、神聖で繁栄を象徴する縁起のよい木とされてきた。花がぽとりと落ちるので縁起が悪いとする俗説もあるが、歴史的に見れば、正月に椿を生けるのは日本の伝統にかなっている。
さらに椿は早春の花だが、晩秋から冬場に咲く早咲きを寒椿と呼び、冬の季語となる。花の乏しい冬季に咲くので生け花として重宝され、利休も茶会でよく生けたと伝わる。座敷にせよ茶席にせよ、百年の籠に生けられた椿の花は、まさに日本人の美意識を形に表すもので、正月風景にふさわしい一句である。
(迷 26.02.11.)
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