戦地には普通の人々月冴ゆる  高橋ヲブラダ

戦地には普通の人々月冴ゆる  高橋ヲブラダ

「合評会から」(日経俳句会)

可升 月冴ゆるの季語は綺麗なくっきりした月を想像させます。ガザやウクライナには相応しくない気がしましたが、「普通の人々」で切れていて、地上における人為の悲惨さと天上の澄明な月を対比した句として読めば良いのだと思い返しました。普通の人々という措辞が読み手の共感を呼びます。
水牛 優れた反戦句ですね。いつも痛い目に合うのは普通の人々で、冬の月がそれを白々と照らしている光景が浮かび、とても良い句だと思いました。
方円 戦争に行ったのは勇猛果敢な人はごくわずかで、ほとんどが隣近所にいる普通の人たちが何百万も駆り出されたのでしょう。この句の通りだなと思います。ただ、普通の人々という言い方は少し硬い気がしました。
光迷 キーウといいガザといい、一般市民の苦労は大変なものでしょう。
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 「冴ゆる」とはキンと凍ついた空気の中で、物がくっきりと浮き立ち、音が際立ち伝わるさまを言う冬の季語。「月冴ゆ」は、人の嘘を曝け出すように月がしらじらと輝くことと解せば良かろう。
 「戦地」という修羅場に駆り出され、悲惨な目に遭わされるのは常に「普通の人々」。それなのに、何故かそういうフツーの人々は、自分たちを平気で死地に追いやる人間を自分たちの親玉に選んでしまう。
(水 26.02.09.)

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