縛られし地蔵静かに冬日浴ぶ 岩田 千虎
『この一句』
小石川七福神吟行をした折に、茗荷谷の林泉寺で詠まれた句である。このお寺は七福神詣の「番外」の寺であるが、境内にある縛られ地蔵が有名だと聞かされて階段を上がってみた。見れば、そこそこの背丈の地蔵さまが、細い縄で幾重にも縛られている。お寺の説明によれば、盗難避けや厄除けの祈願をしたい人が縛り、年末には縄がほどかれ供養されることになっているようだ。縛られ地蔵の由来は、講談の「大岡政談」に出て来るのだが、残念ながら、これは隅田川に近い業平(現在は葛飾水元)の南蔵院の話として語られることが多い。おそらく、この寺にも同じような伝承があったのだろう。
お地蔵さまは、涎掛けをされたり、帽子をかぶせられたり、化粧をされたり、塩漬けにされたり、こうして縄で縛られたり、今どきの言い方をすれば「いじられキャラ」の菩薩である。同じ菩薩でも、弥勒菩薩や、観音菩薩にこんなことをすれば、それこそ罰が当たりそうなのに、地蔵菩薩では許される。
東京ではさほどでもないが、京都や大阪では町内ごとに「地蔵さん」が祀られ、とりわけ子供を護る仏として、庶民にとって馴染み深い存在である。そんな無碍の地蔵であればこそ、幾重にも縛られながらも「静かに冬日浴ぶ」泰然たる姿がとても相応しく思える。
(可 26.01.25.)
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