ネクタイを締めて五日の顔となる 中村 迷哲

ネクタイを締めて五日の顔となる 中村 迷哲

『この一句』

 今年の一月四日は日曜日だったので、五日が仕事始めの職場が多かった。「仕事始めの気分が上手に表現されている。ネクタイと五日の顔の組み合わせが秀逸(千虎)」。「この年になってもスーツを着てネクタイを締めるとピシッとした気持ちになります(枕流)」。「懐かしい。最近はネクタイのしめ方を忘れてしまった(定利)」。などなど、現役、OB、さらには男女を問わず16票もの支持を集め、新年早々の句会で堂々の天の位に輝いた。
 「五日」は新年の季語、と当ブログの1月5日付けで書いたばかりなので、重複する情報は省くが、最近出版された『角川大歳時記』よると「一月五日のこと。四日についで仕事始めの日とするところが多い。かつて宮中では叙位の日、木造始(こづくりはじ)めの日であったという。(岸本尚毅)」とある。作者もこの歳時記を読んだようで、「最初は四日で作ったけれど、歳時記で調べたら五日の仕事始めもあったので、今年はちょうど合うな、と」。
 たまたま今年は仕事始めが五日だったが、来年(四日が月曜日)であっても成立しそうだ。昨今は、ネクタイを締めなくても目くじら立てることもなくなったが、やはりネクタイを締めると、「さあ今日から仕事」というスイッチが入る。下五の「顔となる」も素直な着地で、好感が持てる。以前、作者は「黒靴を履かぬ月日や白き黴」と詠んで、現役を退いた句友の共感を呼んだ。サラリーマンのなにげない心情を五七五に掬うのが上手い。
(双 26.01.23.)

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