ひいふうみい小松菜を引く母の声 向井 愉里
『合評会から』(酔吟会)
水牛 これはしみじみとして、ほのぼのとして、実にいい句だなあと特選にしまし
た。高齢のお母さんが家族の人数分だけ採ろうと、数をかぞえながら小松菜を取っているんですね。一月六日の情景じゃないかなと思いました。亡くなった母親を思い出しました。庭先でね、翌日の七草粥に入れる小松菜を引いていました。やはりぶつぶつ何か言いながらやっていました。その姿がぼーっと浮かんできました。
迷哲 席題の「声」に対して、高齢の母さんがひいふうみいと小松菜を引く場面が良く出て来たなあと感心しました。普通の句として十分通用するいい句です。
愉里(作者) もともと小松菜をとる老母と詠んだ句を考えてきたのですが、席題を見て、「母の声」とする方が断然いいと思いました。実際には一二三ですが、だいたい一度に採る株数を決めて採るようです。
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「声」の席題に身近な母親を詠んで心温まる句になった。選句評にあるようにいい情景です。裏庭でおそらく家族を思いながら小松菜を抜いている。昔の母親の優しさが滲み出ていて懐かしさを覚える。
「ひいふうみい」と小声が聞こえてくる場面が映像的に伝わってきた。山口百恵の歌う「秋桜」の雰囲気が漂うようだ。庭先で古いアルバムを開きながら、何度も同じ話を繰り返すあの母親の姿を彷彿とさせる。作者が得意とする家庭俳句のひとつである。
(葉 26.01.19.)
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