硯海を一気に干して吉書かな  玉田 春陽子

硯海を一気に干して吉書かな  玉田 春陽子

『季のことば』

 吉書(きっしょ)とは書初の傍題で新年の季語である。歳時記には筆始、試筆なども載っている。初硯という同類の季語もある。書初は「年が明けて初めて筆を執り、字や絵を描くこと。多くは一月二日に目出度い言葉を選んで書く」(角川俳句歳時記)。古くは宮中行事だったが、室町時代に吉書始として幕府の正月行事となり、江戸時代以降に庶民にも広がったとされる。
 掲句は書初の様子を格調高く詠み上げ、酔吟会の初句会で別の句と並んで最高点を得た。硯海とは擦り下ろした墨をためる硯のくぼみを海に見立てた言葉。「一気に干して」の措辞から、大筆にたっぷりと墨を含ませ、一気呵成に筆を走らせる様子が浮かんでくる。硯海とか吉書とか、普段目にしない言葉が逆に新鮮で、正月の改まった雰囲気が伝わってくる。
 吉書には昔は「長生殿裏春秋富不老門前日月遅」という漢詩がよく用いられたらしいが、
学校の書初などでは「初日の出」や「前途洋々」など四字熟語が多い。句会での作者の弁によれば、能筆の友人からの年賀状に書かれた一字から句想を得たという。作者が実際に吉書したら、どんな言葉が躍ったのであろうか。「悠々自適」か「句作一生」か、あるいは「塞翁之馬」か、そんなことを考えてみた。
(迷 26.01.17.)

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