東阪の句友芭蕉の忌を修す 嵐田 双歩
『この一句』
日経俳句会初めての試みとして、11月末に東京・大阪合同の吟行句会を催行した。東京組6人が遠征し、大阪在住の3人と一緒に琵琶湖畔と大阪市内にある芭蕉の墓や句碑などを巡るもの。1泊2日の行程は幸い天気に恵まれ、東阪の交流を深める思い出深い旅となった。
コースは近江八景のひとつ唐崎の松を振り出しに、日吉神社で紅葉を愛で、義仲寺にある芭蕉の墓に手を合わせた。夕方大阪に入り、御堂筋にある芭蕉終焉の地を確かめて、近くに宿泊。翌日は芭蕉が亡くなる直前に訪れた住吉大社に参詣、天王寺公園、通天閣のある新世界を経て、中之島の大阪市中央公会堂で句会を開いた。
掲句はその時、二席となった3句のひとつ。芭蕉の足跡をたどりつつ、東阪交流を図るという吟行の狙いを上手に融合させている。歌仙に巻いたら、巻頭に据えるにふさわしい挨拶句である。
さらに巧みなのは芭蕉忌という季語の織り込み方である。芭蕉が大阪で亡くなったのは旧暦の10月12日で、時雨忌、翁忌とも呼ばれる。新暦では11月28日にあたり、吟行の時期とほぼ重なる。「忌を修す」とはあまり見ない表現だが、故人を偲び法要を営むことをいう。芭蕉ゆかりの地を訪ね俳聖を偲んだ吟行を、忌を修すと表現した学識とセンスに感心した。
ちなみに義仲寺で聞いた話では、芭蕉の遺髪や遺品を納めた墓は全国に400カ所以上あり、明治期までは義仲寺に登録されていたという。探してみれば、意外に身近なところで忌を修することが出来るかもしれない。
(迷 25.12.03.)
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