秋ともし古事記の謎に迷ひ込む 徳永 木葉
『季のことば』
春灯のぼんやりと煙ったような朧のなかの灯と違って、「秋灯」は肌寒さを感じる澄んだ夜気の中にともり、時にうら寂しく、時に懐かしさを抱かせる。また物思いを誘う灯でもあり、「灯火親しむ」という別建ての季語もあるように、静かに読書にふけるにふさわしい灯でもある。「読書の秋」という季語もあり、十月末から十一月半ばまでの二週間は「読書週間」になっている。
この句はそうしたことを踏まえ、『古事記』を読んでいると述べて、「おやおや大変なものに取り組んだものよ」と思わせる。謎解きミステリーや時代物といった肩の凝らない本ではなく、「古事記を読破してやろう」という意気込みである。
しかし、考えてみると、夜長の秋灯下に取組む書物として古事記はなかなかのものだ。「うまい素材を見つけたなあ」と感心した。
「古事記なんて何度挑戦しても途中で挫折してしまう。私には歯の立たない代物なのですが、秋ともしの季語と『謎に迷ひ込む』の措辞に惹かれました」(青水)、「古代史ミステリーは証拠がないだけに、深みにはまります」(方円)、「古事記にしても日本書紀にしても、頭の体操には絶好の本でしょう」(光迷)と句評を寄せられた皆さん、この句から私と同じような印象を得られたようで面白かった。
(水 25.11.07.)
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