しっぽ立て迎える猫のいない秋   斉山 満智

しっぽ立て迎える猫のいない秋   斉山 満智

『この一句』

 愛猫を亡くした作者の悲しみが惻々と伝わってくる句である。家に帰るといつも玄関に出迎えていた猫が死んだ。ドアを開けても、しっぽを立てて「お帰りなさい」と鳴き声をあげていた猫の姿はない。作者はその現実に、改めて喪失感をかみしめているのである。句末にぽつんと置かれた「秋」という言葉の持つ寂寥感が、作者の心境に重なり合っている。
 犬がしっぽを振るのは喜びの表現であると、よく知られている。猫が飼い主にしっぽを立てるのも同様で、愛情、喜び、甘えを表しているという。子猫の時にしっぽを立てて母猫に構って欲しいとアピールしていた名残りのようだ。飼い主を母と慕い、しっぽを立てて出迎える猫。それが分かっている作者だから、子供を亡くしたような悲しみに暮れているのであろう。
 作者は番町喜楽会で一番の愛猫家として知られ、可愛がっている猫のことを何度も句に詠んでいる。その猫がこの夏に病気の末に死んだと推察される。8月例会に「差し入れの新蕎麦すする猫の通夜」の句が出され、9月には「夜の秋猫の気配を撫でており」と続いた。そして10月は掲句のほかに「愛しいはいないの自乗彼岸花」という句もあった。猫の不在を実感するたびに、愛しさが募るというのである。作者の悲しみは薄れるどころか、秋の深まりとともに心の奥底まで広がっているようだ。
(迷 25.10.21.)

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