あるじなき庭にすゝきと思い草 工藤 静舟
『この一句』
「思い草」とはまた珍しい草花を見つけてきたものだ。ススキなどイネ科の植物の根っこに取り付いて養分をもらい花咲かせる寄生植物で、正式な名前はナンバンギセルという。花の形が南蛮人のくわえているパイプに似ているからと、植物分類学が意識され出した江戸時代後期にそういう名前が付けられたようだが、それよりずっと以前から、日本人はそのひっそりと下を向いて咲く姿を好ましく感じたのだろう、「思ひ草」という名前をつけて愛玩し、歌に詠むなどしていた。『万葉集』にも一首載っている。
道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ (巻十)
「ススキの根方にうなだれて咲いている思ひ草のように今更ぐじゅぐじゅ思い悩んだってしょうがないや」といった、失恋のもやもやを吹っ切ろう、しかし、吹っ切るのもなかなか難しいという、涙ぐましい努力の、なかなか面白い歌だ。
掲句はどうか。住む人が居なくなって荒れた庭にススキが生茂り、そこにナンバンギセルが見る人もないままに咲いているという寂しい情景である。恋も失恋も無い。少子高齢化、地方都市の過疎化といった令和の今を詠んでいる。古風な衣装をまとった時事句とでも言えばよかろうか。これまた面白い句だ。
(水 25.10.11.)
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