病める眼を色無き風にさらしたり 徳永 木葉

病める眼を色無き風にさらしたり 徳永 木葉

『季のことば』

 「色なき風」とは「秋風」のこと。「秋風」には、暑さも一服という初秋の涼風から、晩秋の寂寥感ある寒風と、様々な顔がある。「色なき風」は、中国古代の陰陽五行説を踏まえた、紀友則の「吹き来れば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな」『古今六帖』が元になったと言われる。秋は色で言えば白で、白とは無色透明のことからの謂だ。ちなみに、芭蕉は「秋風「と「秋の風」の句を20句近く詠んでいるが、「色なき風」の句はない。
 掲句は席題「無」を詠んだ一句。『本当に席題が出て作った句だろうか、それにしてはよく出来た句だ。「病める眼」に「色無き」が呼応している』(可升)。『病んで眼帯をかけていたのを外して自然の風と光にさらす。「色なき風」という、ともすれば気取った感じが先走る季語を実感をもって伝えた。すばらしい句だ』(水牛)。『眼を病んでモノがよく見えない、そして風に色が無い、と「ない」と「ない」を重ねた巧みさに感心した』(光迷)などと絶賛され、天の位に輝いた。
 作者は数年前、眼を患った。この日は句会の前に検査を受け、眼科を出たら秋のそよ風が眼にも当たった。席題が「無」と聞き、季語「色なき風」が浮かび、即吟したそうだ。確かに席題の一句とは思えないほど自然な描写だ。とっさに詠んで、読者を魅了する句を作れるのは、ひとえに、これまでの俳句に向き合った経験と努力の蓄積があったからこそだと思う。
(双 25.09.25.)

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