晩年の始まりはどこ野分雲 廣田 可升
『合評会から』(番町喜楽会)
愉里 65歳の一歩手前なので、これからどういう風になるんだろうなと思うところがあり、いただきました。
光迷 この年になると「晩年の始まりはどこ」というより「余生の終わりはどこ」という感じなのですが、上手いところに目をつけた句だなと思いました。
春陽子 後期高齢者なんてお役所が勝手に決めていますが、そういえば晩年はどこから始まるんだろうと思いました。聞いてみたい疑問を素直に詠んでくれました。
迷哲 自分のことを詠んでくれたように思え共感しました。季語を「野分雲」としたことで、人生の終わる不安と台風到来の不安がマッチしているように思いました。
満智 問いかけの形が印象的なうまい句だなあと思いました。季語とも合いますね。
百子 そんなこと考えてみたことはなかったですが、確かにそうですね。
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たしかに晩年とは何歳ごろを言うのだろうと考えないではない。寿命が各人各様だから晩年の始まりも一様でないのが当然だ。老境に入ればみな折につけ余命を思う。いざ死の床についた時、あのころからが晩年だったかと思いあたる。また突然の死であろうとも、死去の年から逆算してせいぜい10年弱が、その人の晩年ということになるのだろう。いずれにしても作者の漠とした疑問を詠んで、人生の黄落期の不安を目の前に提示する形の句になった。筆者は採りそこなった。
(葉 25.09.21.)
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