タクシーの呼び方知らず秋暑し 須藤光迷

タクシーの呼び方知らず秋暑し 須藤光迷

『この一句』

 配車アプリの普及にともなって、流しのタクシーの台数が少なくなってなかなか止められず、さりとてスマホを操作して呼ぶことも出来ず、折柄の猛暑と相まってイライラしているという光景だろうか。そういえば、「鮓」が兼題の句会で、寿司屋のタブレット操作がわからず、孫の世話になるという句もあった。デジタルやAIの進化は止まることを知らず、それによって利便性が増すことはもちろん多いが、適応できない人にとっては困難さが増すばかりだろう。
 筆者は、なんとか適応できている方だと思うが、それでも海外に出て切符を買った時など、券売機のパネル操作がわからず立ち往生していた時に、列の後ろの人に声をかけられ助けてもらった覚えがある。
 適応出来ない人や困っている人が、家族や近場の人に気軽に頼めたり、助けられたりする、そんな世の中になることが望ましいと考えるのは、ないものねだりの夢想だろうか。なにしろ、デジタル操作どころか、そのうち天井の電球を交換することさえままならなくなるのだから。いずれにせよ、こういう句がそのうち「類句多し」となるのは間違いなさそうである。
(可 25.09.19.)

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