兄弟の寝姿似たる夏座敷     中村 迷哲

兄弟の寝姿似たる夏座敷     中村 迷哲

『季のことば』

 「夏座敷」ということば、昭和以前の日本家屋を思わせる。都会マンションの機能一辺倒の造りでは、昔ながらの風通しのよい和室を持つ家庭は少ない。葦簀の簾や簾戸はもっぱら地方旧家の専有物になった感がある。平安朝の昔から蒸し暑い日本では家はあくまで夏向きに造られてきたが、熱遮断にすぐれた非木造家屋とエアコンの普及により大戸を開け放って涼風を呼び込む必要性が薄れた。いま冷房に頼らない家作を見るなら京都中京区あたりに残る町家をよすがとするのがいい。鰻の寝床と称される造りは、表から裏庭まで実によく風が抜ける。
 この句の舞台はおそらく地方の一軒家とみる。作者若かりし頃の記憶と取ってもいいが、追憶句とするより東京近郊に住む現在の作者のこととするのがいいのではないか。夏休みシーズンである。息子か娘一家が孫をつれて帰省しているのだ。作者の家にはちゃんと畳のある座敷があるのだろう。いまその孫兄弟が遊び疲れて昼寝をしている。大の字になっているのか、背をまるめているのか、兄弟の寝姿がそっくりだ。そういえば自分も幼いころ、よく兄弟と古畳に寝転がっていたものよと作者は思い出す。すっかり祖父になった自分自身を感じつつ、微笑ましさが自然とこぼれてくるのだ。夏座敷をわたる風ととともに、孫への愛おしさが心地よく詠み込まれた一句と受け取った。
(葉 25.08.23.)

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